rekisitekishikouryoku’s blog

歴史的思考力を一過性でなく継続的に身につける方法

世界史要旨把握11中世ヨーロッパの変容(2)十字軍

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今回の参考資料・引用元は

山川出版社発行の教科書『世界史探究 詳説世界史』2022年検定済23年発行

P118(6行目)~P119(13行目)「十字軍とその影響」

https://new-textbook.yamakawa.co.jp/w-history

 

冒頭文で時代を特定する

11~13世紀の西ヨーロッパは・・・

前の単元とのつながりは、ここに記されています。
前の単元で出てくる年号は、10世紀、1077年、1122年、13世紀の4つです。
つまりこの単元(十字軍)は、前の単元(教皇権威の高まり)と同じ時期です。
こうして並べると、内容が連動しているのがよく分かりますね。

 

単元の段落構成を読解する

まるで国語ですが、教科書を読み解くには国語力が必要です。
論理的な文章を理解するノウハウは、私が普段このブログで行っているその作業をやればいいのです。
冒頭文の把握、段落構成、繰り返し出てくる言葉のチェックとそれを使っての作文。
これは、歴史科目だけでなく、この世のありとあらゆる論理的な文章の理解に通じます。国語や英語、理科系など他の科目でも行ってください。

この単元は、第1段落でこの時期の西ヨーロッパ各地に起こった新しい動きの説明、第2・3段落で十字軍の説明、第4段落で十字軍の影響という構成です。
十字軍の背景と影響の説明に、2つの段落、併せて17行も費やしています。
この単元だけで歴史的な論述答案ができます。

 

本文要旨の把握と歴史的思考

歴史的思考は今までは本文要旨の把握の後に書いていましたが、今回からはここに併せて書きます。
歴史的思考は応用に当たるわけですが、基本と応用を遠ざけるのは良くないからです。

 

第1段落(新しい動き)

<繰り返し出てくる言葉>

三 犂(すき)農業 生産 増大 拡大 運動(エルベ)川 東方 植民     回復(レコンキスタ)巡礼 大(十字)軍

「三サイクル制の犂農業により生産が増大し、人が拡大運動を始めた。川を渡り東方を植民し、失地回復をめざし、巡礼を盛んにし、大規模な軍を起こした」

中世というと農村に引きこもりというイメージですが、これを見ると意外に活発に活動しています。
まあ人間は動く生き物なので、引きこもって動かないというのは逆に不自然です。
引きこもらされている場合、人間は普通「動きたい、外へ出たい」と渇望します。

引きこもった理由がノルマン人などの外敵だったので、その脅威が去れば引きこもる必要もなくなりました。
ノルマン人の活動が終わった時期が、10~11世紀です。

<歴史的思考が広がる言葉を抽出>

三 犂 農業 増大 拡大 運動 川 東方 植民 回復 巡礼 大 軍

て、ほとんど全部じゃないですか・・・(笑)
この段落は固有名詞が少なく抽象語が多い場所なので、こうなります。

*「三」

三圃制とかいいますが、その3つって何と何と何だろうか?という疑問が、普通出ますよね。
これは土地を3つに区分し、3年交代で農耕するやり方です。
秋に耕す(小麦)ところと、春に耕す(大麦・豆)ところと、1年じゅうお休み(放牧)のところです。

作物を栽培すると、土地の栄養分をどんどん吸収します。
毎年毎年やると、土地の栄養が枯れてしまいます。
お休みというのは、その間に日本でいうとレンゲソウを植えたりして栄養を蓄えさせるという意味です。ここではヒツジやヤギを放し飼いしそのフンで土地を肥やします。

なお土地をこのように3つに分けることができたのは、領主の強力な指導によるものです。というか、3つに分けるため領主の指導が求められ、それが原因で領主の権力が強まったのが封建性・荘園制の成立の真相のようです。

*「犂(すき)」

は、農具の一種です。土を掘り起こし土中の栄養分を表に出させる目的です。
「牛」の字が入っていますね。牛にひかせていました。(今の耕うん機)
初期は木製でしたが、北欧など土質が固い所では鉄製農具が普及しました。

農具には、他にどんなものがありますか?
今は日本人の多数が農民でなくなったので農業が身近でなくなり、農具といってもすぐには思い浮かばなくなってしまいましたね。

犂と同じ音で鋤(すき)もあります。
目的は同じ耕すもので、柄付きのスコップです。垂直に立てて足でググっと押したりします。

鍬(くわ)というのもあります。これも掘り起こし目的です。
フォーク形のものと、四角形の板状のものとがあります。

ガーデニングの基本道具。小さな農具です)

*「農業」

といえば、商業は?というふうに瞬時に連想できるようになりたいものです。
この時期は商業は再び発展に向かいます。詳しくは後述。

*「増(大)」「拡(大)」「運動」「植(民)」「回復」「巡(礼)」

アクティブな動詞がいっぱい、まさに躍動していますね。
人は動く生き物といいます。人本来の動きですね。

ただじっとしている人を動かすには、強い動機が必要です。
農業生産が余った捨てるのはもったいない売りに行こうという動機も、その一つです。
上の言葉の中に巡礼があります。宗教的な動機ですね。聖地を一度でいいから見たい行きたい。一度行くと、その後何度も行き来します。
回復というのは、奪われた土地を取り戻そうというものです。これはかなり強い動機といえます。
植民。広大な原野を切り開こうという動機です。自分が先頭を切るんだという冒険的なフロンティア精神です。

*「川」

を渡る、という行動は、歴史のいろいろな場面で出てきます。カエサルのローマ進軍、ゲルマン人大移動、この時期のエルベ川以東への移動。
広々とした幅を持ち橋が無い川を渡るのは時間と労力がかかるので、あえて渡ろうとする気持ちが起きません。だから川は国境に用いられます。
何かしらの強い動機があって、初めて人は川を渡ります。

山もその点で、似ています。
ただ山には、容易に越えられる山と、そうでない山とがあります。
内村鑑三の研究(『地人論』)によれば、南北に連なる山は標高が高くても容易に越える、東西に連なる山は標高が低くても越えることが困難ということです。
人は、東西移動は容易に行うが、南北移動は難しいというわけですね。
北半球の場合、北は寒いし、南は暑いです。こういうのが影響しているのでしょうか。

*「東方」

西ヨーロッパの人々は、古来、東の方角に強い憧れを抱いてきました。

東には、優れたオリエント文明、その先にはインド、中国文明があります。この時期より少し後に紹介された「黄金の国ジパング」というのもあります。
それに加え、地中海東岸にはキリスト教の聖地イェルサレムがあります。
また東のビザンツ帝国の、古代以来継続している繁栄も聞いていたことでしょう。

「憧れの地にいつか行ってみたい」という動機は、相当大きなものでした。
ただ個人の力では、到底行ける距離ではありません。

*「大」「軍」

そういう時に、教会や諸国家が主導し東方に対する大規模な軍事行動を起こします。
ヴェネツィアなどの港町が船を提供してくれました。
「行きたい」「行けるのか?」「行けるんだ」「行こう!」
東方に強い憧れを抱いていた西欧人は、大いに刺激されました。

といっても一介の農民には無理です。旅費や食料は自己負担ですから。
参加したのは、土地を所有する領主である諸侯や騎士たちや教会の司祭でした。領主の直属農民は、参加させられたでしょうが。

 

第2・3段落(十字軍)

<繰り返し出てくる言葉>

(地中海)聖地(イェルサレム)(セルジューク朝)(ビザンツ帝国)皇帝 教皇
(クレルモン)おこす
諸侯 騎士(第1回十字)軍
イスラーム勢力)(アイユーブ朝)(サラーフ=アッディーン)再び 奪われた(神聖ローマ)国王(第3回十字)軍
(第4回十字)軍(ヴェネツィア)目的(コンスタンティノープル)(ラテン帝国)
ドイツ騎士団

「聖地を回復しよう!皇帝の要請を受け、教皇が提唱した。諸侯や騎士の軍が出動し聖地回復に成功。しかし再び奪われたので、諸国王主導の軍が出動した。その後出動した軍は目的を失い、何やっとるんだ?」

固有名詞がいっぱい出てきて混乱しがちですが、固有名詞を除外して見つめるとすっきり理解できます。
軍を率いる層が、変化していることに気づきましょう。
国王といえば中世初期には弱くて諸侯に負けていたのが、この時期は軍を率いていますね。要するに成長し力をつけてきたのです。
軍を指揮すると組織の指揮系統が確立するので、それを利用して平和時の政治も行えます。徳川家光の将軍就任時の「全国大名は軍を率いて集まれ」が連想されます。

(十字架。キリストが人類の罪を救った時の姿だと信じられている)

<歴史的思考が広がる言葉を抽出>

聖地 皇帝 教皇 軍をおこす 諸侯 騎士 国王 目的

*「軍をおこす」「皇帝」「教皇」「諸侯」「騎士」「国王」

動詞と主語がみごとに出そろっています。
ここで動詞を細かく分析すると、軍を起こすことを唱えた人と、リアルに軍を指揮して出動した人に分かれます。
それぞれを時系列順に整理すれば、より分かります。

教皇は軍を起こすことを提唱しましたが、リアルに指揮をしていません。
リアルに指揮をしたのは、神聖ローマ皇帝や諸国王、諸侯や騎士です。

ここで注目するべきは、諸国王が指揮するとはどういう状態かということです。
諸国王は、国の象徴的存在です。力が弱くても、そうです。
リアルに動かすのは、臣下の諸侯や騎士です。
諸侯や騎士はまず第1回第2回で自ら指揮し出動し、次に第3回で国王の指揮で出動しと、負担が大きいです。
諸国王は軍を指揮することで名声を獲得し、リアルには諸侯や騎士に戦わせ、自らの力は温存しています。

第4回、諸国王のいない状態、つまり諸侯と騎士だけの時におかしな方向に行ってしまいました。

*「聖地」「目的」

本来の目的は聖地回復ですが、西欧人の心の中には東方への強い憧れと、引きこもり生活への不満(欲望)が溜まった状態があります。
そういう人たちが武器を手にして行った先では、当然、欲望に任せた行動が起きます。
行った先で人を拉致したり財産を奪ったりとめちゃくちゃするのが、普通でした。

それでなくても軍隊が行った先では現代もそうですが、普通にこういう残虐行為があります。残虐行為が無いほうが逆に珍しいのです。

 

第4段落(十字軍の影響)

失敗 影響を与えた
遠征 権威

「十字軍遠征は失敗した。その影響は、各権威に対し大きく与えられた」

これだけの大規模な遠征事業です。必ず成功すると思われていたことでしょう。
しかし、失敗しました。
失敗すると、事業の責任者は面目丸つぶれ、権威失墜です。
資金を出した人は、大損です。人命も多く失われました。
事業にあまり関わらなかった人は、やり過ごせたので以後の発展に希望を持ちます。
とにかく、歴史を大きく変えることになります。

*「失敗」「遠征」「大」

どうやれば成功していたと思いますか?
ここにも言葉が出ている通り失敗の原因は、「遠すぎたこと」と「大規模すぎたこと」があるでしょう。

聖地回復の現実的な手立ては、ビザンツ帝国に援軍を送り共に戦うというのがあります。ビザンツ皇帝から助けを求められているのですから、可能性はありました。
これならビザンツで休息をとり英気を養う時間が十分にあります。
しかしそれだと功績や利得はビザンツにいったん帰すことになり、欲望に基づく丸儲けというのはできません。

この大規模というのは、聖地回復の現実的な方策のほかに、宗教的熱狂に由来する多数の民衆の独自参加というのもあったことです。
「聖地回復」という非常に分かりやすいスローガンのため、キリスト教が日常生活に浸透していた西欧社会に大きなブームを巻き起こしてしまいました。リアルに食費や旅費もないのに数万人の農民が無理に出発し、ほとんどが帰ってこなかったのです。

 

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