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歴史的思考力を一過性でなく継続的に身につける方法

緊急特集コロンブスについて

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緊急特集

最近、某アーティストの曲のプロモーションビデオが取り上げた世界史的な題材が物議をかもしています。
そこで今回は、臨時に特集を組みたいと思います。
ただ歴史へのせまり方は、私の従来の手法そのままです。
できればお手元に下記教科書をご用意いただければいいのですが、持っていなくても十分に理解可能だと思います。

私の歴史学習へのアプローチ方法は
1 冒頭文で単元の時代や歴史的位置を特定する
2 本文に繰り返し出てくる言葉により要旨を把握する
3 その要旨文の中から歴史的思考が広がる言葉を抽出し思考を広げる
というものです。
この歴史的思考を日常的に習慣的に行っていると、今回のような問題は発生を防ぐことができたと思います。
歴史をただの暗記ごとのように考えてはいけません。歴史は、日本も含めて世界にリアルに生きる人々のバックボーンだからです。

 

今回の参考資料・引用元は

山川出版社発行の教科書『世界史探究 詳説世界史』2022年検定済23年発行

P159(8行目)~P161(12行目)ヨーロッパのアメリカ「発見」と征服

https://new-textbook.yamakawa.co.jp/w-history

 

冒頭文で時代や歴史的位置を特定する

ポルトガルに後れを取った・・・は・・・

冒頭文はありません。いきなり内容の説明が始まります。
しかし、前の単元の内容がちらりと触れられてはいます。
前の単元は、ポルトガル人が先に世界各地に探検の旅に出たということです。

ポルトガル人がアフリカ南端に初到達したのは1488年、インドに海路で初到達したのは1498年です。
いっぽうスペインが後援するコロンブス船団がアメリカ付近に初到達したのが、1492年です。
こうしてみると、ほとんど同時ですね。後れを取ったというのは言葉のあやか、説明の順序の問題でしょう。

それに実はこれ以前に既にヨーロッパ人は、海路でアフリカやインド、アメリカに到達しています。それは、個々に行ったという意味です。
この年号入りの到達は、国家が正式に支援した最初というものです。国家が支援すると、その後も継続し、かつ大規模になります。

 

本文に繰り返し出てくる言葉で要旨を把握する

ここは4つの段落で構成されていて、第1段落は探検者たちの行動、第2・3・4段落はその後のヨーロッパ人たちの行った先での所業についてです。

かつての教科書ではこの第1段落が大きく強調され、第2・3・4段落の内容はわずかしか書かれていませんでした。
ヨーロッパ人が行った先の諸地域は、この時代のヨーロッパ人によって大きな変容(破壊というべきか)をさせられ、その諸地域の現代にも多大な深刻な影響を及ぼしていることから、記述が増えたのです。

第1段落

スペイン 大西洋 アジア コロンブス 計画 カリブ海 アメリカ 大陸 上陸 インド 住民 インディオ 「発見」 探検 アメリゴ=ヴェスプッチ 世界 イギリス 王 支援 カボット 北米 フランス カルティエ ポルトガル カブラル ブラジル ヨーロッパ人 太平洋 到達 航路 マゼラン 船隊 南米

第2段落

中南米 征服者 先住民 財宝 奪う コルテス メキシコ アステカ王国

第3段落

王室 エンコミンダ制 銀 支配 もちこまれ 疫病 入植 土地 黒人 奴隷 運び込まれ

第4段落

植民地 大農園 フィリピン マニラ ガレオン船 交易

要旨「ヨーロッパ人が大西洋横断計画を実行し、住民のいる大陸を「発見」し上陸した。以降、諸国王の支援によりヨーロッパ船隊が北米・南米・太平洋に航路を開いた。中南米では、征服者たちが先住民の財宝を奪いつくした。
ヨーロッパ人たちは諸国王室の支援を受け、先住民に銀を採掘させたり、入植し土地を開発したりした。持ち込まれた疫病で先住民が減ると、黒人奴隷が運び込まれた。
こうしてアメリカ大陸は、ヨーロッパ人が経営する大農園の植民地となった。
世界各地を巡る海上交易が盛んになった」

学習する内容が非常に多い時、要旨がどこにあるかを把握することはとても重要です。ただ要旨を把握することは大事ですが、これだけでは歴史を真に学習したことにはなりません。
歴史的思考が必要です。

 

本文要旨から思考が広がるような言葉を抽出し思考を広げる

大西洋 計画 大陸 発見 探検者 王室 北米 太平洋 船隊 南米 中南米 征服者 先住民 奪う 銀 支配 もちこむ 疫病 入植者 黒人 奴隷 運び込む 植民地 大農園 交易 

抽象語のほとんど全部ですね(笑)
なお固有名詞や歴史用語は、思考が広がる言葉ではありません。この時代に固有なものだからです。
ここに抽出した言葉は、いずれも現代に通じる言葉であり、さらにその対照語や反対語、比較語などを連想可能な言葉です。
歴史的思考というのは、全国各地の教師や生徒や教育学者たちが思い悩むような難しい事柄ではなく、こういう言葉たちから自然思考的に広がるとても容易な思いなのです。

*「大西洋」「太平洋」

大西洋といえば、太平洋、そしてインド洋を連想します。
前2者は本文にあります。それではインド洋は?
この前の単元で、ポルトガル人がインドに至るインド洋航路を開発しています。

北極海は?南氷洋は?
前者は氷に覆われ、後者は酷い嵐の海です。
なお近年の温暖化により、北極海が新しい航路として開発される日が近づいています。

*「計画」

コロンブスアメリカへの航海を「行きたい行こう行け」というような衝動的な思いつきで実行しなかったのは、その後このヨーロッパ人の世界各地進出が継続的に行われていく結果をもたらし世界史を大きく変えることになりました。
なぜ計画的に行ったか、それはもちろんコロンブス個人だけでは渡航資金が不足していたからです。

それなら航海技術では最先端を行くイタリアの港町の商人に援助を求めればいいのに、なぜ国王に援助を求めたのでしょうか?
コロンブスはこの時、スペインだけでなく、ポルトガルイングランド、フランスの諸国王にもその渡航計画を提出しています。
当時は中世後期で、十字軍の後の時期です。十字軍時代までは各国王の力は弱く、諸侯や騎士や商人が実力を持っていました。諸侯や騎士・商人主導の十字軍の失敗の結果、相対的に国王の力が強くなっていたのです。

なおスペイン支援は偶然の結果で、フランス支援が濃厚だった模様です。
もしフランス主導だったら、果たして日本にキリスト教が伝わっていたかどうか、伝わっていなければ江戸時代の鎖国はなかったのでは?と妄想が広がります(笑)。

*「大陸」

そして行った先が、陸ではなく大陸だったということ。これは非常に大きなことです。
もし狭い陸であれば、ヨーロッパ人はそれほど熱狂的にならなかったでしょう。
広大な面積を持つ大陸を目にしたヨーロッパ人は、その激しい欲望をあからさまにしていきます。

*「先住民」

そして先住民がそこにはもちろんいて、生活していたわけです。

「先」住民といっても、その先住民の先祖がもし他地域から移住してきた人たちならその前に住んでいた人を虐殺し土地を奪っていたのかもしれず。
そういうことを考えると際限が無くなりますが、とりあえず少なくともこの時期のヨーロッパ人が行った場所に先に住んでいた人を先住民と位置付けるしかないでしょう。

*「発見」

という言葉は間違いである、先住民がいたのだから発見ではないというのが今は一般的な認識になっています。
ただ、発見という言葉自体が「その人にとっては」という意味を含んでいます。
例えばニュートン万有引力の法則を発見したといわれますが、それはニュートンが学会で発表したからそういわれるのであって、彼以前にその法則を既に誰かが発見したが発表していないという可能性があるわけです。

つまりこの発見という言葉もそうですが、動詞を見た時は必ず「誰が?」という主語を確定する必要があるのです。

前述のとおりヨーロッパ人は既にアメリカ大陸に到達して、実際に住んでいました。
だからコロンブスの発見は、ヨーロッパ人が発見したのではありません。
ヨーロッパ人が既にアメリカに住んでいるという事実は少数にしか知られていず、少なくとも国王レベルでは知らなかったのであり、つまり発見したのは国王、国家的レベルということになります。
コロンブス本人が上記事実(ヴィンランド・サガ)を知っていたかどうかは不明。

(発見のモニュメント。リスボンポルトガル王子エンリケが先頭)

*「探検者」「王(室)」「征服者」「先住民」「入植者」「黒人」

いろいろな人たちが出てきます。
それぞれの立ち位置を、正確にとらえてください。
探検者・征服者・入植者のバックには、全て諸国の王(室)が存在します。

先住民は、生活を破壊され土地を奪われ命も奪われます。
そして黒人が奴隷として連れてこられます。

*「北米」「南米」「中南米

征服者が文明を滅ぼし財宝を奪った代表が、中南米です。

それでは、北米、南米はどうだったでしょうか?
同様でした。
征服者は他の地域でも同じく、先住民の生活を破壊し土地を奪い命を奪いました。
北米では先住民側からの抵抗が激しく、かろうじて少数が生きながらえていました。

*「征服者」「先住民」「奪う」「支配」「もちこむ」「運び込む」

ヨーロッパ人は、先住民からありとあらゆるものを奪いつくしました。
なぜこんな暴挙をしたと思いますか。

原因は、いくつかあります。それらが重なったのです。

1つめは、当時の中世ヨーロッパがとても貧しかったこと。
農業生産が安定してきたとはいえ、当時の中国やインド、イスラーム勢力の諸国の繁栄に比べると、非常に劣っていました。
つまり、ハングリーだったのです。
ハングリー精神といいますが、生易しいものではありません。人は普通、ハングリー状態を解消する方向に激しく行動します。
当時のヨーロッパ人は、欲望(とくに物欲)のかたまりでした。

2つめは、キリスト教
具体的には、イスラーム教への強い対抗心と敵がい心です。
スペインの国土は、中世の初期にイスラーム勢力に征服されていました。これを奪回するのに、実に700年もかかりました。
この時期は、ちょうどスペイン人がイスラーム勢力をイベリア半島から(もちろん武力で戦って)追い出した頃です。
イスラーム教への強い対抗心もあって、キリスト教勢力を拡大しようという宗教的な動機が強く高まっていました。

そして3つめは、航海先に武力を携帯したこと。
これは、国王の支援を受けたから当然といえば当然です。
とくにスペインの場合は武力でイスラーム勢力を追い出し国を統一したので、武力で勝ち取るんだという意識が強かったのです。
そして人というものは、手に武器を持っていると必ずそれを使います。手っ取り早く物を獲得する(つまり奪う)のに、便利だからです。

暴力的なことをしたのはコロンブスだけではありません。多数がしました。
中には友好的な態度を取る者もいましたが、少数でした。
欲望を持つ者が武器を持って誰の監視もないやりたい放題の場所に行くと、当然、こういうことになります。

(北米の先住民のトーテムポール)

*「銀」

も貴金属ですが、もっと貴重と考えられるのが金です。
人の物欲は、黄金を求めます。
黄金の国ジパングの情報はヨーロッパに蔓延していました。

アメリカ大陸に到達したヨーロッパ人たちは、みな金を求めました。
しかし金は、希少です。
そのころ銀山がアメリカ大陸で発見されました。
金ほどでありませんが、銀も貴重です。ヨーロッパ人は銀に夢中になりました。

金とか銀とかは、人の欲望の象徴です。
そういうものをオリンピックのメダルの名称にしていることに違和感はありませんか?
1位メダル、2位メダルとしないで、なぜ金メダル、銀メダルなのでしょうか?

*「疫病」

この当時ヨーロッパには、コレラ・インフルエンザ・マラリア・はしか・ペスト・天然痘結核などがまんえんしていました。
他人と交流すると、これらの感染症は当然交流先にうつります。
この時ヨーロッパ人にはある程度の免疫があり、アメリカ大陸の住民には免疫がありませんでした。先住民激減の原因は虐殺だけではなかったのです。

アメリカ大陸由来の疫病として梅毒が有名ですが、本当にアメリカ大陸由来かどうかは不明です。

*「入植(者)」「植民地」

入植というと、土を入れた鉢に苗木を植えるというイメージがあります。
つまり、普通は未開の地を開拓するために人が移住するという意味です。

当時も「黄金が産出する未開の地(フロンティア)を手に入れよう」というイメージが強くヨーロッパ人を熱狂させたのですが、実際は違っていました。
その地には先に住民が住んで生活していたのです。その住民を追い出したりころしたりして、土地を奪ったのでした。

したがって世界史的には入植というと、開拓というより、先住民の土地を奪って植民地を作るという意味に使うことが普通です。

*「黒人」「奴隷」「運び込む」「大農園」

現代アメリカでもまだまだ差別が残っている黒人問題の発端が、ここにあります。

なぜ「黒人」かというと、身体能力が優れていて労働力として最適だったことが理由です。現代スポーツでの黒人の活躍ぶりを見れば、分かりますね。

さて「奴隷」問題です。
コロンブス奴隷貿易を行ったからどうこうという論調がありますが、実は、当時のヨーロッパ人にとって「奴隷を使うのは普通」でした。

一つには、ヨーロッパの東半分の存続していたビザンツ帝国。この国は、古代ローマ帝国そのものです。つまり奴隷制度が、普通でした。
このため西欧(とくにイタリア港町)の商人は、そこらじゅうから奴隷になるような人を調達してはビザンツ帝国に売るということをやっていました。ヨーロッパは貧しくて売るものが少なかったという事情もあります。

また、中世農村社会は農民を土地に縛り付け領主がその身柄を支配するもので、農民は農奴という状態でした。
国内的にも、国王・諸侯・騎士らが人を奴隷的に使うことは、普通のことでした。
この状態でアメリカ大陸に進出したのですから、当然奴隷使役も伴いました。

この人身売買の習慣は、日本でも第二次世界大戦の頃まではごく普通のことでした。

*「交易」

どこと、どこの交易ですか?
交易が盛んになった、と学習するだけでは足りません。何人と何人があるいはどことどこが、どんな商品を取引したかを整理しておく必要があります。

ここではヨーロッパ人が基準なので、ヨーロッパ人の物欲を考えます。
金・銀・絹織物・陶磁器・香辛料・綿織物・砂糖・コーヒー・人身などですね。
金・銀・砂糖・コーヒーは、アメリカ大陸の産物。
絹織物・陶磁器は、中国の産物。
香辛料は、東南アジアの産物。
綿織物は、インドの産物。

これらを安く仕入れ、高く売るにはどうすればいいですか?
農産物や鉱産物を安く手に入れるには、人を一日一食の粗末な食事で福利厚生ゼロでタダ働きさせるのが手っ取り早いです。つまり奴隷を使う。
中国やインドはこの時代まだ強力な国家なので、ヨーロッパ人は太刀打ちできません。

 

まとめ

時事的に話題になっていたので、臨時に取り上げました。
本文要旨の把握といった表面的な学習だけでは理解が足りず、応用的な歴史的思考も必要であることが分かったと思います。

応用といっても、それらはみな常識の範囲の理解です。抽象的な語が、その思考の手がかりとなります。

 

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